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2007年3月23日 (金)

それにしても、読売巨人と中日ドラゴンズの育成選手って多いねえ。

それにしても、読売巨人と中日ドラゴンズの育成選手って多いねえ。

今年のプロ野球選手名簿見たけど、
それにしても、中日ドラゴンズと東京読売ジャイアンツの育成選手がダントツに多いね。

中日は200番台が全てそうで、
一番選手が多いし、
巨人も複数の選手が居る。

そもそも他球団では、育成選手自体が居ない球団も多いし、
1人とか2人とかしかいない球団も多いのに、
2球団だけダントツ・・・。

まあ2球団とも、親会社が安定しているからね。
多少の余裕はあるんだろうね。
また中日は、コスト削減意欲が強いから、
早めに囲んで安く上げたいと言う感覚は強いし、

逆に巨人は、金をかけてでも早めに囲いたいから、
どんどん育成選手を増やすみたいな・・・。
考え方は違っても、両雄は同じ事を考えているね。

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2007年3月15日 (木)

カージナルス田口選手は何を求めてメジャーに止まるのか?

カージナルス田口選手は何を求めてメジャーに止まるのか?

私は良く分からないことがあったのだが、
カージナルスの田口壮選手は、
何を求めてカージナルスに止まっているのだろうか?
ずっとそう思っていました。

近年では、中村紀洋選手が、ドジャースでうまくいかず、
3Aラスベガスから日本球界に戻ったけど、
それは、十分に正しいと思っている。

石井一久も、ある程度アメリカのメジャーリーグで遊び、
大リーグというベースボールを楽しんで、
それから日本球界に復帰した。
これも正しい選択だろう。

別に、アメリカも日本も、全く関係なく、
その差もたいしたこともなく、
別にどちらの野球でも、ベースボールでも、
その中で、自分がどのように楽しんで、どのように活躍して、
記録と記憶に残すことが重要であって、
プロとして何を残せるのかが重要なことである。

だから、長谷川がマリナーズでその選手生命を終えて、
日本に帰国したのも、全然OKだし、
野茂英雄みたいな選手が、アメリカで頑張り続けるのも良い、
城島健司や、井口資仁、イチロー、松井秀喜、
大家、斎藤隆、大塚晶則とか、みんな頑張っている。

でも田口選手だけは謎だし、
何をしたいのかが分からなかった。
アメリカでハングリーに生きるのは確かにいいけど、
それは若い選手がやることで、
ベテラン選手がやることではない。
格好つけすぎているんじゃないか?
そう思わざるを得なかった。

プロ野球は、結果が全ての世界である。
自己満足は、あまり重要ではない。
もちろん、彼がアメリカの大リーグで、
ハングリーに貪欲に頑張って、
レギュラーを取ることに満足と生きがいを求めているならば、
まあ分からなくはないし、頑張れば良いけれど、
アメリカで一度としてレギュラーを取れていず、
1軍半のような生活がずっと続いていて、
それでも逃げずにレギュラーを目指して頑張ったというのは、
別に何の偉いことでもないんだけどね。
プロ野球選手としてはとても不思議だった。

ただ単に、アメリカではレギュラーの実力がないことを、
永遠に知らしめているだけで、
それは、とても恥ずかしいことなのに、
それを続けて、自己陶酔しているのか?

もちろんそういう頑張る姿はとても大事であって、
江夏が日本で引退して、アメリカ挑戦した時も、
水野が巨人を引退して、アメリカ挑戦したことも、
それらは全て凄く格好良くて、素晴らしかったけど、
田口さんの場合は、それとは違って、少し違和感があるんだよね。

何か、無理にしがみ付いているというか、
アメリカだからレギュラー取れなくても、仕方ないみたいな、
そんなアメリカ至上主義を感じるんです。

アメリカのベースボールは全く偉いものではなくて、
別に、ただ、地球の反対側で、力だけのドーピング的な勝負をしているだけだから、
それについて、レギュラーを取ることだけに熱意を燃やしているようで、
何か他の選手とは違う違和感が・・。

たぶん、江夏とか、水野とか、他の選手は、
駄目なら駄目で直ぐに挑戦を諦めたし、
うまく行ったら、そのまま残った。
松井カズオ氏のように、一度は不動のレギュラーをとった人なら、
もう一度レギュラーを取るまで残りたい・・・・。
これも十分に分かることだし、
また、力が衰えたら、佐々木のように引退して日本に戻るとか、
いろんな選択肢の中で、各自が自分のポジションで頑張っていたような気がする。

だが、田口さんは、本当に頑張っているのだろうか?
所詮プロはレギュラーでなければ意味が無くて、
レギュラーでしっかりやることがプロとして一番に重要だから、
田口さんについては、
どこか、そのしがみ付き方を見ていると、
アメリカで、ただ箔をつけたいのかな?
と、違和感を感じてしまうですよね。
純粋な挑戦に見えなくなるような・・・。

まあそれを持って、彼のオリックスでのレギュラー時代の実績を無にするつもりもないけれど、
それでも、違和感を感じている人は、私だけではなかったと思う。

でも、去年のワールドシリーズ優勝で、
ようやく少し、彼の気持ちも分かるようになってきた。
彼は何を求めるということよりも、
ワールドシリーズ優勝のリングを求めていたかもしれない。
それを欲しいが為に、頑張ってきた。
それなら、まだ分かる。

でも、今年もまだカージナルスで頑張るらしい。
今度の目標はまだ見えてこないのですが、
今回は何を求めてメジャーリーグで戦うのか?
今一度見てみたいね。

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2007年3月 9日 (金)

リレハンメル五輪、葛西紀明の落胆と、原田の号泣きのスキージャンプ

リレハンメル五輪、葛西紀明の落胆と、原田の号泣きのスキージャンプ

オリンピックの名場面といえば、いろいろあるけれど、
私が1つ思い出すのは、
1994年のリレハンメルでの葛西の落胆と、原田の号泣きである。

当時、既にベテランの雪印の原田、
そして若手のホープ葛西紀明・・・。
もちろん岡部孝信や西方仁也もいたけど、
そんなメンバーの中で、日本の団体戦のメンバーでは、
原田はラストのジャンパーだった。

原田は当時から、のみの心臓と言われるほどの、
プレッシャーに弱い男だった。
だが、葛西をはじめ、若手が出てきた状況で、
起死回生の大ジャンプを出来るのは、やっぱり原田だろうということで、
原田がラストジャンパーになってしまいました。

葛西が、西方が、岡部が、ドンドン飛んで、
いい記録を連発していました。
西ドイツのバイスフロクや、オーストリアのゴルドベルガーとか、
ブレーデセンとか、有名選手は数あれど、
原田への期待は高まります。

そして原田の出番です。
日本の3選手が大幅にリードして、原田の出番にやってきました。
みんなも覚えていると思いますが、
原田は、8割程度の力で、
みんなの8割程度の距離をとびさえすれば、
それで優勝できるので、
誰もが優勝を確信し、3人は期待をもって、下から見上げていた。

そんな中、原田は飛び出した。
8割飛べば良いわけだから、子供でも大丈夫だし、
素人でもオリンピック選手でなくても、
普通にジャンプの素養があれば十分に飛べる距離である。

原田が飛び出した瞬間、みんなには、笑みがこぼれた。
そうです、とびさえすれば、まずは飛び越えられる、
そのくらいの短い距離ですから。
葛西は日本の日の丸を頬に描いて、
小さな日の丸を振りながら応援している。
他の選手も、頬には日の丸で、
楽しそうに原田を応援している。
誰もが原田の成功と、日本の優勝を確信していた。

ところが、その瞬間、
原田のジャンプが伸びない・・・。
原田のジャンプは、急に落ち始める・・。
原田のジャンプは、短くて雪面に落下した・・。

みなは愕然とする。
いくら日本チームは大量リードしているとはいえ、
どうなるのか、
みんなの不安はよぎる。

ちょっと短い・・。
だが優勝できないほどではない。
一体どんな距離なのか?
掲示板が出る。

圧倒的な短い距離、
日本は2位?

先ほどまでは圧倒的な優位に立ち、
3番目の選手までは1位に君臨していた。
もう優勝は確信できるような、それくらいのリードであった。

それがノミの心臓とも言われた原田の番になり、
一気に暗雲が垂れ込み始めた。

葛西の笑みは一気に薄曇になり、
笑みは消えた。
不安そう。
目が泳ぎ始めた。

原田がジャンプを終えて戻ってきた。
もうバツがわるそうで、何も言わない。
しゃがみこんでしまった。
頭を抱えている。
もう結果は明らかだろう。

結果が出た瞬間、原田はテレビ画面から消えた。
もう申し訳なくて仕方なかっただろう。
金メダルが確実ともいわれた中、
3人目まで、ダントツだった中、
素人並の低レベルのジャンプに終わり、
金メダルが去っていった。

葛西の顔は引きつって、落胆し、
原田の顔は号泣きに変わった。
もはや、もう誰も声さえかけようが無い。

原田だって頑張っている事は、誰でも分かること、
でも結果として、大失敗のジャンプしか出来ず、
銀メダルに終わった。
謝っても、誰も許せないかもしれない。
葛西は、原田に悪いと思いつつも、落胆するしかない。
原田は目が血走って、泣くしかない。
リレハンメルのドラマである。

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2007年3月 2日 (金)

五輪競技ノルディック複合は荻原兄弟から渡部兄弟へ

五輪競技ノルディック複合は荻原兄弟から渡部兄弟へ

冬季オリンピック競技でもある、
スキーのノルディックコンバインド競技で、新生が登場した。
渡部兄弟である。

以前は、草津温泉から長野原高校を経て、
早稲田大学に進学した荻原兄弟が有名である。
双子で顔もそっくり。

兄の荻原健司は宇宙人とも言われたノルディック複合のスペシャリスト。
日本で最も先にV字ジャンプを極めて、
ジャンプでリードし、クロスカントリーで粘るという、
今のスキーノルディック複合のスタイルを確立した人。

それまでは、
ギョームとか、エルデン兄弟とか、ルンドベルグとか、アーペラントとか、
その後のリーグルとかもそうだけど、
ジャンプはそこそこしか飛べないけど、
クロカンで逆転する選手が主流で、
そういうものこそが、キングオブスキーとして、
ノルディック複合の頂点に立っていた。

その当時は、純ジャンプの選手では、クロカンをかじった程度選手しか居ず、
前半の飛躍で首位に立っても、クロカンで抜かされるのが常識だったのだ。

それが荻原が頂点にたって変わった。
荻原は、もちろんジャンプが得意なのだが、
そのジャンプの強さが桁外れの上に、
クロスカントリーも、まずまず走れてしまった。

普通は、ジャンプが得意な人間は、クロカンは全く駄目だけど、
荻原健司は、それなりに走れたので、
幾ら追っても追いつかない・・・。
荻原健司の時代がはじまった。

まあその後は、少し年上の河野孝典や、
同じ年代の、ビヒャルテエンデンビーク、とか、
その辺りも、ジャンプ重視へと変わり、
ジャンプでリードして、クロカンで逃げるスタイルは、
万国共通となり、ルール改正も度重なった。

まあそんな中でも、当時の史上1位で、現在でも、
ビークに次いで歴代2位である19勝は、金字塔とも言えるからね。

彼は、いわゆる純ジャンプ、純飛躍と呼ばれるジャンプの選手よりも、
一早くV字ジャンプを習得したからそうなれたのである。

当時は、例えば、白馬の純ジャンプの大会では、
荻原はただのためしに出場しただけなのだが、
結局、日本の岡部や葛西などのオリンピック選手を破って勝利したこともある。
それほどの名選手である。

元々長野原高校時代も、
双子だったために割と有名で、
弟の荻原次晴とともに、しのぎを削っていた。
インターハイは、3年連続ワンツーフィニッシュだとか?

早稲田大学に入ってからも、インカレにおいて、
兄弟でワンツーフィニッシュをしていたものだ。
それほどの名選手であり、凄い兄弟なのだが、

それに匹敵するほどの兄弟が出てきた(前振り長すぎ)。
それが渡部兄弟。
今年の2月6日、第56回全国高校スキー大会・・
つまりはインターハイで、白馬高校の渡部暁斗が、
前半ジャンプでリードしたまま、後半距離でも踏ん張って優勝した。
彼は世界選手権の代表でもあり、
全く目立たなかったけど、トリノオリンピックの代表選手でもあった。
さすが上村愛子も出ている白馬高校。

彼は、国内の高校選手では別格なので、
ジャンプはダントツの1位、クロカンの距離も2位と、
安定したものだ。
これは先に期待が出来るね。

今まで複合は、割と調子が良くて、
児玉の時代もそれほど酷い成績ではなかったし、
東京美装の阿部雅司、リクルートの三ケ田礼一、野沢温泉クラブの河野孝典、
などの彼らの時代も、まずまずだし、
荻原兄弟の登場で一気にブレイクしたものだ。
その後、北村とか、富井とか、富井彦とか、
いろいろ出てきたけど、河野孝典を超える人は出てこないし、
高橋大斗もおお化けする事は無かった。
そこそこ優勝する事はあっても、大化けはしてくれない。
複合では、真の宇宙人が出てくることが望まれているのだ。

だがそんな複合界にも期待が持てる状況になった。
渡部暁斗に続き、弟の渡部善斗もやってきたのだ。
野沢温泉で開かれた第44回全国中学スキー大会で、
本来は複合の白馬中学3年生のの渡部善斗が純ジャンプで2位に入ったよ。

今年の複合での成績は知らないが、
去年は2年生の時に、
既に、ノルディック複合では優勝していて、
本来なら、複合の選手なのに、ジャンプでも2位に入る・・。

来年は、たぶん白馬高校に入るだろうし、
同じ白馬高校の兄、渡部暁斗とともに、
渡部兄弟による複合界の席捲が始まるかもしれないね。
うん、荻原兄弟以来の期待が持てる。
そんな白馬の渡部兄弟でした!

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