2007年2月24日 (土)

東京マラソンは雨の中

東京マラソンは雨の中

2月18日、第1回の東京マラソンが開催された。
これは、いつもこの頃に行われる、
東京ニューヨーク友好のための、東京国際マラソンとは違います。

東京の新宿都庁から、飯田橋、銀座、三田、浅草、東京ビッグサイトと走っていきます。
それにしても、人数が多い。
3万人だって!

ここまで多いと、どうしようもない。
少ないマラソンなら、一般人が途中で、
道路を横切る可能性はある。
箱根駅伝だって、途中で勝手に横切る人はいる。
でも、3万人が走るとなると、どうしようもないね。
人が来過ぎてどうしようもない。
渡ったら相当に怒られそう。

今回は、都庁に仮設トイレをたくさん用意したらしい。
それもなんと、仮設トイレが600箇所!
でも、それでも、1つのブースに20人並んでいたよ。
やっぱり大変だよね。

さてスタートだが、
なんでも、今回は、選手の荷物をどうするかと言うことで、
なんと、トラックを数十台使って、
ビッグサイトまで輸送してくれるそうだ!
凄い、凄いね!
そこまでやってくれるんだ。

じゃあ、都庁に行けば、後は送ってくれるんだ。
それなら俺でも出たくなるね。

それにしても、今日は雨だったのが、残念。
みんな雨の中、河童着たりして頑張っている。
3万人が、雨に濡れるって、本当に凄いことだよ。
ソン所そこらの雨模様とは違いますから。

3万人が、カッパにするか、傘にするか、
そしてタオルを買おうか迷っている。
そのうちの1万人がタオル1つ買っただけで、
近隣のコンビニのタオルは全てなくなります。
そのくらいの凄い購買力があるんです。

そんな3万人が、都庁、飯田橋、銀座、三田、浅草と、
東京の名店街を歩き尽くす・・。
これはいいことだねえ。
非常に素晴らしい大会となったと思います。

浅草でも街を盛り上げて雷門を通過してきます。
まずは3万人の東京マラソンでしたが、
来年以降、5万人、6万人を目指して欲しいね!

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年1月15日 (月)

箱根駅伝で、早稲田大学の持つ区間記録がどんどん無くなって行く!

箱根駅伝で、早稲田大学の持つ区間記録がどんどん無くなって行く!

箱根駅伝といえば、中央大学、順天堂大学、日本大学、法政大学、大東文化大学・・・、
古くは、明治大学、慶応大学、東京師範・・。
近年では、駒沢大学、東海大学、神奈川大学、山梨学院大学・・・、
いろいろありますが、
こと個人の記録といえば、近年では、早稲田大学がトップとなる。

90年代初めに、主に瀬古監督のもと、
いわゆる大砲と呼ばれる小数の選手が引っ張り、
なんとか優勝を成し遂げていた時代である。

早大では、駅伝部の人数が限られるので、
どうしても、超有力で、実力のある”大砲”と、
その他の選手の実力差が大きく、
選手層は薄く、中々優勝は出来なかったが、
そのぶん、個人記録は続出した。

一番には、現在の早稲田大学駅伝部の部長の渡辺康幸。
早稲田の大砲の代名詞でもある。
95年頃に、2区で当時の新記録1時間6分48秒を出しただけでなく、
94年にも1区で、1時間1分13秒の記録を持っていた。
その後、2区は、99年に順天堂大学の三代直樹に破られて、
1区は、07年に、東海大学の佐藤悠基に破られたが、
稀代の選手である。

それから、小林正幹。
第三区の1時間2分49秒と、
第5区の記録を持っていた。
また8区か9区も小林正行か小林正幹のどちらかが持っていた。
5区については、2000年及び2006年のルート変更によって、
記録が破られること無く消滅してしまった。
3区についても、06年に東海大学の佐藤悠基に破られてしまった。

佐藤悠基については、2年生にして、既に早稲田大学の記録2つを撃破したので、
早稲田キラーと呼んでおこう(笑い)。

それから、武井隆次も記録を持っていた。
7区である。
93年に、1時間2分53秒の記録で区間記録を持っていたが、
これはまだ持っているのか不明。

まあ、いずれにせよ、花田とか、櫛部とかあわせて、
早稲田のこれらの大砲が、
90年代の箱根駅伝を盛り上げ、新記録を出し続けていた事は特筆に価する。
素晴らしいことだ。

| | コメント (280) | トラックバック (10)

2007年1月 8日 (月)

07年箱根駅伝、順天堂大学に、今井正人という宇宙人が降臨した!

07年箱根駅伝、順天堂大学に、今井正人という宇宙人が降臨した!

2007年の今年の箱根駅伝も凄かった。
1区ですでに4分以上の差があり、
小田原中継所でも、4区の佐藤から襷を受けた時でも、
まだ4分以上の差があったのに、
終わってみれば逆に1分42秒の大差が・・・。
一体どうなっているんだ?

中継中も、今井選手のことを、
山ノ神とか、山の神様とか言っていたけど、
私は、宇宙人と呼びたい。

今までに、山登りは、いろんな人がいたし、
スペシャリストもたくさんいた。
主な選手でも、
山の大東と呼ばれた、大東文化大学の奈良治。
彼も3分の差なんてへっちゃらで追い抜いていったし、

その後に、奈良治の記録を抜いて5区の新記録を作った、早稲田の小林正幹。
彼は山登りには向かないと言われ、
普通に、平地を走って区間賞を取り続けていたけど、
5区に移って箱根の山登りをしてみたら、
あっさりと奈良治の記録を抜いちゃった。
まあ東海大学の佐藤悠基(佐久長聖高校出)が新記録を出すまでは、
第3区の区間記録を持っていたけど、
それでも山登りも得意なのかと、周りもびっくり。

あと99年2000年の東海大学の柴田真一(市立船橋高校出)も、
2年連続区間賞と、まずまずでしょうか。

そんな中、当初の今井正人は、2年前に、
確かに11人抜いて5区の新記録作ったけど、
でも早稲田大学の小林正幹の時とはルートが変わったので、
たまたま巡りあわせの新記録だから、
まあ、どんなもんかなあと思ったんですけどね。
去年は更に距離が伸びたのに5人抜きして、1位をもぎ取った。
あれには、もう度肝を抜かれたよ・・・。

今年は、もう、神様今井正人が、どんな走りを見せてくれるのか、
というそんな感じだったが、
驚いたというよりも、驚愕したし、呼吸が止まったよ・・。
もう神様ではなく、宇宙人である。

これほどの強さを見た者は、もう駅伝やマラソンでも見る事はない。
しいて挙げるなら、冬季スキー競技の元祖宇宙人である、
荻原健司かなあ。
彼はノルディック複合において、
当時の史上最多の19勝した男だが、
それくらいの強さを感じる宇宙人かもね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)